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◇ 私にとっての“書”
 
なぜ、“書”を書くのかと聞かれたなら
「感動する言葉に出会ったからーー」、とこたえます。
書籍はもちろん新聞や雑誌、テレビやラジオ、あるいは町中で見かける文字情報など、日常生活の中にある、感動する言葉を“書”にしています。
母が書家だったこともあり、4歳から書道を習いはじめました。
当たり前のように筆を持ち、修練を重ねました。
そして二十歳、駒井鵞静先生の『原爆許すまじ』という作品に出会ったことが、私の書の世界を大きく拓く転機となりました。
それまでは古典である臨書にひたむきに取り組む日々でしたが、現代文が人の心に大きな感動をもたらす作品となることということに気付きました。
さりげない日常のなかで感動したひとつの言葉を“書”に表す。
生き方と作品とが結びついた私にとっての新しい書の世界が拓けたのです。
お習字から書の道へーー。世界が大きく変わり、“書”が私の一部になりました。
 
◇ “書”の力、そして使命
 
五十歳の時に、個展を開きました。
ある方が作品の前で、「介護していた家族が亡くなり、ほっとするかと思ったら逆でした。おいていかれたようで、寂しいのです。でも、この作品を見て元気が出てきました」と泣いていらっしゃいました。
私も控え室で泣きながら、“書”を通して元気や癒しの力を届けたいーー、
それが書家としての私の使命なのだ、と思いました。
六十歳になり、書道人生の節目と思い、大作展を開催しました。
多くの出会いがあり、書家としての使命をあらためて強く感じました。
 
◇ “気”やエネルギーを宿した文字を
 
書家としての生き方に信念を感じ、感動を“書”に表すことに取り組むようになって、題字や看板などの御依頼もいただくようになりました。
題字や看板などは携わる方たちの強い想いが込められるもの。その想いを受け止め、その想いを宿して“気”やエネルギーを発する“書”へ。
何度も書きながら、昇華させていくこともまた私の世界を広げてくれる大切な経験となっています。
 
 
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プロフィール画像
浅田聖子       Seiko Asada
毎日書道展審査会員/日本詩文書作家協会評議員/日本書道美術院評議員/光荘会幹事/雅涎会会員
     1949年東京都出身。4歳にして筆を持ちはじめ書の道へ。1965年故益田霞邨に師事。1971年故駒井鷲静に師事。 毎日書道展, 日書展など受賞多数。現在、商品パッケージや題字なども含め積極的に活動中。

《主な受賞歴》
●1976年 第30回 日書展新書芸部「院賞」
●1977年 第22回 光荘会書道展「衆議院議長賞」
●1989年 第41回 毎日書道展「秀作賞」
●1992年 第44回 毎日書道展「秀作賞」
●1995年 第49回 日書展「梅華賞」
●1995年 第47回 毎日書道展「毎日賞」
●2007年 第49回 毎日書道展「会員賞(グランプリ)」

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