2012近作書展

2013年8月1日 10時49分25秒 (Thu)

Beyond Calligraphy

毎日暑い日が続いております。
皆さまお元気にお過ごしでしょうか。

さて、チームseiko・チームリーダーの鈴木春瑛さんの後輩である柳澤咲子さんが、
海外向けの書道サイトBeyond Calligraphyにて、
昨年の個展の記事をアップしてくださいました。

//beyond-calligraphy.com/2013/07/08/master_asada_exhibition/

ご覧いただければ幸いです。


また、8月4日まで国立新美術にて行なわれている毎日書道展に出品しています。
こちらもご覧いただければ幸いです。

2013年3月2日 0時31分08秒 (Sat)

嬉しい批評をいただきました

雑誌『書道』の編集長・麻生泰久先生が、『書道』59巻・3月号にて、個展の批評を書いてくださいました。

過分な批評でありがたく、また次の個展をやるぞ、という気持ちにさせてもらいました。

とても嬉しかったので、掲載文を紹介させていただきます。


「浅田聖子近作書展」

 現在の書壇では、日展や新聞社主催の公募展で活躍し、地歩を固めるのが出世の糸口にと考えられている。これは悲しいかな書家の本当の力量を量る物差しがないためであろう。時折、書道展で見掛ける風景だが、書に通じていない人であろう、名前の肩書を見てこの人は上手いんだろうな、と呟いていることがある。力量を肩書きで判断しているのであろう。
 今日の書は芸術といわれながら、市場の流通がないといってもよい。江戸時代には書道展はなかった。書家といわれる人は儒者や文人墨客で、これ等の人々は漢籍に詳しく、漢詩も作り教養も豊かであったから土地土地の素封家が書画家を招き、長逗留させては書会や画会を開いて愛好家に頒布した。こうして有名人の書画を手に入れた愛好家は、我家にはこれこれの人の書画があると自慢した。一方、素封家は著名人を招いたことによって箔をつけ家名を上げた。
 しかし、現在の書家と当時の書家を比べてみると上手さからいったら断然今日の書家に軍配が上る。それなのに何故今日の書が世間に流通しないのだろう。それは、一つには書家としての有り様が変化していることであろう。江戸時代の書家は、自ら詩を作り歌を詠み詩・歌・書一体であったが、その外に社会的変化の影響も見逃すことはできない。
 今日の書家の現実を見てみると、本来は芸術大学で学ぶべきだが書を学ぶ芸術大学がない。専門家を目指すには、書道科のある国立大学か私立の大学で学ぶ方法か、始めから公募展を目指して技倆を身につけるしかない。この公募展の競争もまた狭き門で、何万人かの競争相手に打ち勝って登りつめるしか道がない。そうして審査員となり書家としての仲間入りをしても更に上がり、これ又難関を極める。こうして苦労して立場を得ても唯、審査員の名を得るだけで、個展を開いて主義主張を披瀝するわけでもなく体制内に甘んじているのがせいぜいである。しかし、こうした中にあっても常に自分を見つめ、書展に情熱を燃やす人々が居るのは頼母しい。
 浅田聖子もその一人である。第1回の個展を45歳で開き、続いて50歳で2回展、60歳(大作展)で3回展、そして、今回63歳で第4回展と意欲的な開催である。
 浅田聖子は、毎日書道展審査員、㈶日本書道美術院評議員として活躍中。駒井鵞静も個性的な作家であったが、書への直向さは尋常ではなく、それは作品によって証明されるところ。浅田聖子もその例に洩れず、公募展活動より個展活動に身を入れすぎて、所属する上層部に会への貢献がないことを揶揄されたというから、師匠譲りなのであろう。
 今展は、「ことば・感動を書に」が制作のテーマとなっており一階会場に大作、二階会場に小品の構成である。これまでの個展を見てきて感じるのは、表現方法に違いはあるものの、制作の底流には自らの世界の主張が明確に表れている。
 「徳富蘆花・謀叛論より」大作である。あの痩躯の何処にこの力が宿るか不思議さを覚える。字々に念力の加わるかの如き圧倒的な迫力の運腕で紙面を制した快作。
 「開也」珍しく整正の作調だが完成度は高い。恐らく前者とは正反対の方向性だ。
 「轉」一気呵成の筆ながら寸分の緩ぎもなく、厳格無比の作。作者近来の快作であろう。
 「新美亜希子の詩・あなたを」極小字 一見異なる極大、極小の世界であるが、外見的には規模の大小の違いで、小字の世界でありながら、大きな宇宙の広がりを持つ作だ。作者の心の在り様だろう。
 「前田夕暮の詩・孤独の寂しさが」微妙な墨ボカシの用紙を自作、中央の余白の輝きを効果的に利用し、作品の広がりを意図として幻想の世界を創り上げた。
 野性味から繊細な筆致までを演出する浅田聖子の世界も亦、異才を放つ作家として注目されて良い。
 

2012年10月22日 23時07分50秒 (Mon)

作品解説「轉」

作品解説「轉」画像 夏の錬成会で、紙も余り、墨も余り、時間もあるし、

「なんか書くかなあ」と軽い気持ちで友人の辞書を借り、

「轉の草書で一字 面白そうだぞ!」と

たった1枚書いたのですが、

「けっこう いけるかも!」

今展の作品の中でも とても気に入っている一点です。

2012年10月21日 12時38分44秒 (Sun)

作品解説「もしかしたら にんげんがえらいのは」

作品解説「もしかしたら にんげんがえらいのは」画像 もしかしたら にんげんがえらいのは
かなしくても つらくても しにたくても
いきているからかもしれない
いしはなくだろうか てつはなくだろうか
ほうせきはなくだろうか ぼくたちはなく
つらくて つらくてなく こえをころしてなく
こえをあげてなく でもぼくたちはいきていく
つらさをかかえながら
かなしみをだきしめながら
そんなぼくたちをみて
だれかがいっているようなきがする
がんばれ がんばれ
ぼくたちは いきているだけで
きっとえらいのだとおもう
かなしみを こらえていきているのだから
おいおいなきながら いきているのだから
それだけでじゅうぶんに

内田麟太郎の詩「ぼくたちは」より




これは、詩に感動しました。

平仮名ばかりで しかも長文。

気負わず、てらわず、

茶系の淡墨で、淡々と筆を進めることを心がけました。



2012年10月19日 22時52分24秒 (Fri)

作品解説「開也」

作品解説「開也」画像 この作品は、家にありました屏風を張り替えるつもりで
この語句を選びました。

これも錬成会の体育館で2枚程書いたものの1枚です。


プロフィール画像
浅田聖子       Seiko Asada
毎日書道展審査会員/日本詩文書作家協会評議員/日本書道美術院評議員/光荘会幹事/雅涎会会員
     1949年東京都出身。4歳にして筆を持ちはじめ書の道へ。1965年故益田霞邨に師事。1971年故駒井鷲静に師事。 毎日書道展, 日書展など受賞多数。現在、商品パッケージや題字なども含め積極的に活動中。

《主な受賞歴》
●1976年 第30回 日書展新書芸部「院賞」
●1977年 第22回 光荘会書道展「衆議院議長賞」
●1989年 第41回 毎日書道展「秀作賞」
●1992年 第44回 毎日書道展「秀作賞」
●1995年 第49回 日書展「梅華賞」
●1995年 第47回 毎日書道展「毎日賞」
●2007年 第49回 毎日書道展「会員賞(グランプリ)」

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